ブルネイから留学生として2011年に来日したモハマド・レイミー・オスマンさんは、東日本大震災を経験しました。ブルネイに帰国してからは、教師として働きながら、日本への留学に関心のある若いブルネイ人をサポートしています。(上の写真は、前田徹駐ブルネイ日本国特命全権大使公邸にて、BAJAメンバーと祝賀会。BAJAは日本大使館と緊密に連携しています。)

チャレンジを受け入れて
日本への留学を決意

― なぜ日本で勉強しようと思ったのですが?

日本に3年間滞在し、1年間は日本語の勉強、2年間は修士号の取得に専念しました。この間、天然物化学を研究し、特にクラゲから毒素を抽出して薬に変えることを試みました。

日本に来ることになったのは、本当にめぐり合わせでした。ブルネイで教鞭を執っていたときに、ある行政官から日本への留学を勧められたのがきっかけでした。当初、私はイギリスへの留学を目指しており、そのための政府奨学金も確保していました。でも、他の多くの学生がアメリカ、イギリス、オーストラリアを留学先として選んでいることを知り、当時、日本への留学はなかなか無いチャンスだと思いました。日本の文化、人々の礼儀正しさ、時間を守る几帳面さに惹かれました。

当時の日本のイメージは、頻繁に起こる自然災害、高い物価、馴染みにくい日本食というイメージで、決して良いものではありませんでした。でも、私は違った視点で見てみようと思いました。困難があっても日本を理解し、うまく切り抜けるサバイバーになろうと思いました。

 

― 3年間、日本で勉強し暮らしてみた経験はいかがでしたか?

日本での経験は信じられないほど楽しく、良くも悪くも様々な経験で満たされ、その経験によって今の私がいます。

修士課程1年目は特に厳しいものでした。授業はすべて日本語で行われたので、英語で学ぶときと比べて2倍努力しなければなりませんでした。留学一年目には日本語を勉強して、日常生活に役に立つレベルの日本語は身に着けていましたが、授業を聞いたりディスカッションしたりする上では十分ではなかったからです。幸いなことに、とても協力的な教授に、助けられました。教授のサポートのおかげで、私は研究に集中することができ、同時に家族も日本での生活に慣れることができました。研究にあたり、日本のいろいろな場所を訪問することも許され、同僚から羨ましがられることもしばしば。大変な仕事とバケーションが一体化したような感じでした。北は北海道から南は沖縄まで、研究のためだけでなく楽しみのために旅をする機会を得ました。

修士課程の仲間たちと研究のためにアカクラゲを採集/ With master’s colleagues collecting Akakurage (Red Jellyfish) for research.

生活習慣の変化と
日本人から学んだ時間厳守の大切さ

― 来日当初に苦労した文化や生活習慣の変化と、それが日常生活に与えた影響について教えてください。

私は順応性があるので日本での生活にはスムーズに慣れました。修士課程在学中は、教授や修士課程の仲間が、週末に私と家族をビーチ・バーベキューによく誘ってくれました。海辺で研究用の生物を採取したり、マテ貝をとってバーベキューで食べたりしました。日本人の知人たちが私の家族を温かく迎えてくれたおかげで、日本でのライフスタイルに溶け込むことができ、人間関係を築く過程も非常にスムーズでした。

時間厳守に関しては、だいぶ調整する必要がありました。ブルネイでは1時間遅れることはよくあるからです。だんだんと慣れていきましたが、最初は大変でした。日本では約束の時間を守ることは大事なこととされています。私が二度目の遅刻をした時のことをとてもよく覚えています。娘の具合が悪くて、たったの3分ですが、大学のクラスに遅れました。その日は私が発表する日でした。教授は同僚を待たせないことの重要性を私に教えてくれました。私は自分の遅刻が教授や同僚のスケジュールを狂わせ、多大な迷惑をかけてしまったことを恥ずかしく思い、その瞬間から二度と遅刻はしないと心に決めました。この教訓を学業においてだけでなく私生活にも生かし、娘にも教えました。今では私の生き方の一部となりました。日本の価値観を日常生活に取り入れています。

 

ムスリム精神と「生きがい」
似ているところ

― 2011年の大地震のとき、レイミーさんは日本にいましたね。その時のことを話していただけますか?

初めて経験した大地震で、忘れられません。大学の仲間は涙を流していました。奇妙なことに、私は冷静で、笑顔さえ浮かべていました。なぜかはうまく説明できません。同僚の一人に「なぜ怖くなかったのか」と聞かれたとき、「初めて経験する出来事だったから、不思議なことに『いい経験』と思えたんだ」と答えました。

日本に来る前、ブルネイの同僚たちは自然災害などのリスクを理由に、日本に行かない方が良いと忠告してきました。でも、私の見方は違いました。私は、チャンスがあればそれをつかむことの重要性を理解していたし、このような試練に立ち向かい、そこで死ぬ可能性さえあっても、それでいい。それが私の道なのだから。そういう考え方で、私は自分の道を歩んできました。予期せぬ事態に直面しても、私はそれを人生の本質的な側面ととらえ、そこから貴重な教訓を得て前進していく。この考え方は、神の摂理を受け入れ、経験から学び、満足感を得て、旅を忍耐強く続けることを強調するムスリムとしての私の信条と一致しています。

私はイスラム教徒で、私たちの宗教では、誰もが人生において固有の目的を持っていると信じています。興味深いことに、この信念は日本人の「生きがい」の概念と似ていると気が付きました。この気づきに触発され、私は「生きがい」の概念を教師としてのキャリアにも取り入れ、生徒たちが人生の目的を発見し、追求するのを手助けすることにしています。

さらに、あの地震の経験から、緊急時や自然災害時に日本人がどのように安全対策に取り組むかについて、貴重な洞察を得ることができました。日本では、何をすべきか、何をすべきでないかという手順が明確に定義され、すべてが組織化されています。ブルネイでは自然災害や緊急事態はめったに起こらないので、そのような事態が発生した場合、準備不足が混乱を招くことになると思います。他方、ブルネイでも防災対策が急速に進歩し、強化されているのは事実です。

BAJAでの活動を通して
ブルネイと日本の教育と関係を促進

アスジャ理事会にて奨学生OBとの懇親会 / ASJA Board of Directors Meeting reception with ASJA – Scholar Alumni

― BAJAとは何ですか?

Brunei Association of Japan Alumni(BAJA)は、ブルネイ元日本留学生総会です。アジア各地の他の日本人同窓会組織と積極的に協力し、ブルネイ、日本、その他のさまざまな国の学生同士のつながりや関係を育んでいます。

 

― 日本とブルネイの二国間関係強化におけるBAJAとその役割とは?

ブルネイの学生に日本文化に触れ、持続可能な開発目標(SDGs)についての見識を深めてもらうため、NGOとパートナーシップを結び、1週間のプログラムを提供しています。

さらに、在ブルネイ日本国大使館と緊密に連携し、日本教育の振興に努めています。文部科学省の奨学金受給者の選考プロセスを支援し、面接に参加したり、次世代の文部科学省留学生を教育したりしています。また、日本での生活に必要な心構えや準備、日本留学のメリットとデメリット、文部科学省留学生特有の注意事項などを伝えるワークショップを開催しています。

私の役割としては、キャリア部門と協力して、文部科学省の奨学金を確保する方法や、さまざまな研究分野に適した大学を特定する方法について情報を発信しています。また毎年、日本大使館と共同で日本文化フェスティバルの企画・運営を手伝い、日本での留学や就職に関心のある人たちに適切な進路を案内するブースを設けています。

日本・ASEAN交流プログラムTYCA(東芝ユースクラブ・アジア)は、ブルネイの学生が東京を訪問する貴重な機会を提供しています。このイニシアチブは、ASEAN諸国と日本の学生間の有意義なつながりを促進し、持続可能な開発目標(SDGs)に関する共同学習を奨励するとともに、積極的なグローバル変革に取り組む若いリーダーの強固なネットワークを構築することを目的としています。/ The Japan-ASEAN Exchange Program, TYCA (Toshiba Youth Club Asia), offers valuable opportunities for Bruneian students to visit Tokyo, Japan. This initiative aims to foster meaningful connections among students from ASEAN countries and Japan, encouraging collaborative learning on Sustainable Development Goals (SDGs) while building a robust network of young leaders committed to positive global change.

― 今後のBAJAの活動に期待することは?

人気が高まっている日本におけるハラール・ツーリズムに焦点を拡大できたらいいなと思っています。BAJAが日本アセアンセンターのような組織と協力し、日本だけでなく、ベトナムや韓国など他の国でもハラール・ツーリズムを推進することを望んでいます。

また、BAJAが教育分野においてブルネイと日本、そしてその他の国々をつなぐ重要な架け橋となることを目指しています。私たちは、学生に日本を体験する機会を提供し、より多くの学生交流プログラムを促進することを目指しています。このようなプログラムは非常に効果的であり、多くの学生が、たとえ最初は言葉や文化について深い知識がなくても、さらに勉強するために日本に戻りたいと強く希望しています。今後はさらに、文部科学省の奨学金プログラムの認知度を上げ、日本での留学や就職を検討する学生を奨励し続けていきたいです。

 

ムハンマド・レイミー・オスマンさん

ブルネイ、Maktab Sains Paduka Seri Begawan Sultanにて教師(エドュケーション・オフィサー)として従事。東京海洋大学にて海洋科学-天然物化学/生化学の修士号取得。ブルネイ元日本留学生総会(BAJA)幹事。

 

取材・文/Mimi Le 写真提供/ムハンマド・レイミー・オスマン